カゾマヤマ古墳

 飛鳥で初めての磚積式古墳で7世紀後半の天智・天武朝では最大級の方墳です。古墳築造の為、急斜面を幅約100mにわたり削平し異なる土層を交互に突き固める版築という方法で墳丘を造っています。2005年に新聞発表された時は、飛鳥に磚積式の古墳があるなんて思いもしていなかったので大変な驚きでした。しかし墳丘は南海地震と、それまでに受けていた大がかりな盗掘による影響で、墳丘ごと2m近くずり落ち、元の形がイメージできないほど破壊されていました。桜井や宇陀地方での磚積式の古墳では、石材として榛原石が使われますが、ここでは緑泥片岩を用いてつくられた希少価値の高い古墳です。発掘当時、新聞一面に大々的に載るなど大変騒がれましたが、今ではその名を知る人さえいないくらい忘れられています。現在は雑草が生い茂り冬場以外は容易に入れない状態で、入れたとしても墳丘の場所が大変判りづらい状況です。明日香村や文化庁は高松塚古墳マルコ山古墳キトラ古墳牽牛子塚古墳などを整備と称して墳丘の改変が進められていますがこういう古墳こそ地主と交渉し整備すべきと私は考えます。

おすすめ度(☆1.0)・・・埋め戻されている為。本来は☆4.0

★所在地:高市郡明日香村真弓

★墳形:方墳(東西約24m、南北18m以上、高さ4.2m以上)東西に伸びる丘陵の南斜面を東西100m以上、南北60m、高さ10mにわたり造成し版築工法で2

段以上に築成。

★石室:磚積式石室(復元長5m以上)玄室長2.6m以上、幅約1.8m、高さ0.9m以上。床面には切石を敷き詰め玄室中央に長さ約2m、幅約1.2m,高さ約0.3mの棺台をつくり床面以外は棺台を含め全て漆喰が塗られている。

★棺:夾紵棺(きょうちょかん)麻の繊維が付着した漆の断片が出土した事による。

★出土遺物:土師器、須恵器、漆片、鉄釘、人骨等

図面及び出土品はすべて明日香村埋蔵文化財展示室で撮影したものを引用

★築造年代:7世紀後半(版築土内の土器から)

★発掘調査:2005年

★被葬者:百済の亡命王族(河上邦彦氏)他。紀氏関連。

出土した人骨から壮年から熟年の男性と推定され石室の構造から渡来系の人物が推定される。この他緑泥片岩の使用から紀氏との関連も注目される。 

 

【参考文献】

・阿武山古墳と牽牛子塚(今城塚古代歴史館)

 

 

行き方 (およその場所がわかる程度です。 下の地図の①の位置にあります。