🌸51. 卑弥呼の里(巻野内・箸中 他)



 山の辺の道は奈良盆地の東端の山裾を縫うように南北に結ぶ自然発生的にできあがった日本最古の道といわれています。卑弥呼の里、 纏向(まきむく)はその西方、纒向川の扇状地に広がる東西約2キロメートル、南北約1.5キロメートルの地域です。

 

1889年に町村制の施行で纏向村(辻、草川、太田、大豆越、巻野内、穴師、東田、江包、豊前、豊田で構成)が成立し纒向(まきむく)という名は明治22年(1889年)纒向村が発足した際、垂仁天皇の「纒向珠城(たまき)宮」、景行天皇の「纒向日代(ひしろ)宮」より名づけられたもので1955年に大三輪町(現在は桜井市)が発足するまで70年近く存在しました。近年この地域は弥生時代最大の遺跡である纏向遺跡で知られる地域です。 

 

纒向遺跡は、3世紀初めに突如として大集落が形成され、集落内には纒向型前方後円墳と呼ばれる共通の企画性を持つ、発生期の古墳群が存在しています。また農業を営まない集落である事、東海系など他地域から運び込まれた土器が多い事、極めて特殊な掘立柱建物が存在し、高床式住居や平地式住居で居住域が構成された可能性がある事などから、日本最初の「都市」の機能を持つ初期ヤマト政権の中心地であった可能性が考えられています。発掘調査は現在まで150次以上にわたり継続的に行われていますが、発掘済みの調査区は全体の5%に過ぎませんが、3世紀の国内最大級の集落跡で邪馬台国畿内説の最有力地とされています。