🌸 4.赤猪子伝承 (桜井市白河)

乘田(ひきた)神社 (桜井市白河)

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桜井市白河(しらが)の西方に鎮座する旧指定村社。 巻向山の南東麓に位置し『延喜式』神名帳の大和国城上郡にもみえる曳田(ひきた)神社にあてられ、かつては白山神社と呼ばれていた事もあるようです。

 

祭神は、大己貴命、高龗神、豊受比売命ですが高龗神と豊受比売命の2柱は元々は明治42年に合祀した葛神社と稲荷社の祭神でした。大己貴命(大国主命)は大物主神と同一視される神で、三輪氏の先祖です。三輪君氏(みわのきみうじ)の同族に、引田君氏があり、主祭神の比定に影響したものと思われます。

 

 古事記下巻、雄略天皇の巻に、「ひきた」に関わるこんな話があります。

のちに雄略天皇となった若建命は三輪川に行幸した時に、河辺で衣を洗う童女の姿に心を奪われその童女に「お前は誰の子か」と尋ねると、「私の名は引田部赤猪子といいます」と答えた。今に宮中に召すので誰にも嫁がずにいるようにと言われた。赤猪子は、天皇の命を待ち、待ち続け八十年経った。赤猪子は、待ち続けた思いだけでも伝えたいと思い、結納の品々を携え天皇を訪ねた。しかし天皇は、先の命を忘れていたがは大いに驚き、「自分は先の事をすっかり忘れていた。しかしお前は志を守り、命を待って、盛りの年を過ごしてしまった。これは甚だ悲しいことだ」と言って、内心は結婚したいと思ったが、あまりにも老いてしまったことに憚って、結婚することは出来ず、御歌と多くの品物を老女に賜って、返し遣わした。