🌸 35.大和古道 山田道

(安倍)山田道は一般的には磐余道(いわれみち)として親しまれています。 は一般的な「磐余道」で紹介いたします。)

 

古代の幹線道路である磐余道は上ツ道と横大路の交差点から安倍丘陵に沿って南西に斜交し時の都であった飛鳥へいたる古道です。2002年の安倍寺遺跡の発掘調査で道路面と西側側溝に推定される石敷きや石組み溝が発見されています。

 

磐余の範囲は郷土史家の栢木喜一の「桜井風土紀」によると桜井駅から西南方旧安倍村 一帯の地とされ、この地には履中天皇の磐余稚桜宮(いわれわかざくら)清寧天皇の磐余甕栗宮(いわれみかくり)、継体天皇の磐余玉穂宮(いわれたまほ)、用明天皇の磐余池辺双槻宮(いわれいけのべのなみつき)と4天皇の宮都があったといわれる地域でもあります。