🌸 27.乙巳の変 前夜 (桜井市多武峰)

談山神社

談山神社の歴史は古く乙巳の変の立役者の一人、藤原鎌足公が亡くなったあと、摂津国阿威山に葬られましたが鎌足公の長男定慧が遺骨の一部を多武峯山頂に改葬し、木造十三重塔(重要文化財)と講堂を建立し妙楽寺と称しました。さらに定慧の弟の藤原不比等は神殿を建立し、鎌足公の神像を安置しました。これが談山神社の始まりといわれています。

 

 社名は鎌足が中大兄皇子と蘇我入鹿を暗殺するため、ここで極秘の談合をした「談い山」からとったものといわれています。明治初めの神仏分離令後、神社だけが残りましたが今もたくさんの文化財が残されています。

 

 多武峰の山中には楼門(重要文化財)、本殿(重要文化財)、権殿(重要文化財)をはじめとする朱塗りの華麗な社殿が建ち並び、漆塗極彩色、三間社春日造の本殿には鎌足像が祀られており、日光東照宮の手本になったといわれています。また日本で現存、唯一の木造十三重塔は、室町時代の再建で高さ17mで鎌足の墓塔といわれています。

 

 桜が彩る春、新緑の季節、紅葉の秋、雪化粧が見事な冬と、四季を通じてその美しさを堪能することができ、故事にちなんで春と秋に行われる「蹴鞠まつり」でもたくさんの方で賑わいます。

 

談山神社公式サイト  http://www.tanzan.or.jp/