🌸 21.磐余若桜宮 伝承地と「櫻の井」

 桜井駅から南へ歩いて約10分、大字、谷の小さな丘陵上に位置します。(前方後円墳の後円部に建立されていると言われています)

 本殿には東殿(若桜神社)と西殿(高屋安部神社)がありますが、この場所は元々、若櫻神社の鎮座地で高屋安部神社は安倍松本山(安倍文殊院の東)にあったのですが近世(18世紀以前?)に山崩れで社殿が大破しここに遷座したということです。

 

 若桜神社は若桜部朝臣や阿部朝臣の祖神といわれる伊波我加利命(いわがかりのみこと)を祭神とし『大和志』には「在桜井谷邑 今称白山権現」とあり『延喜式』神名帳城上郡の若桜神社に比定されますが、大字池ノ内の稚桜神社とする説もあります。

 

 また高屋安倍神社は『延喜式』神名帳に登載されている名神大社で、祭神は屋主彦太思心命(やぬしひこふとしたまのみこと)・大彦命(おおひこのみこと)・産屋主思神(うぶやぬしおもひのかみ)の三座で名神大社として崇敬され天慶三年(940年)頃までの記録はあるようですが、その後、歴史上消息を絶っています。

 

 又、この地を履中天皇の磐余稚桜宮跡に充てる説もあり書記に履中天皇が皇后と磐余の市磯池(いちしのいけ)で遊宴中に桜の花が盃に落ちた事を天皇は珍しい事と喜ばれ、この桜のあった御所の掖上の桜を清水湧き出る泉のそばに植えられ宮の名前も磐余稚櫻宮にされたといい桜井という名はここからきているといわれています。この井戸といわれるものは、当神社のすぐ近くにありますが近年、若櫻神社にも復元されています。