🌸 2.泊瀬朝倉宮伝承地 (桜井市脇本)

雄略天皇の朝倉宮があったとされる春日神社周辺

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脇本遺跡は奈良盆地の東南部に位置し三輪山と外鎌山(忍坂山)に挟まれた泊瀬谷の入り口にあたる場所にあります。飛鳥に宮が移るまで三輪山の西南麓から香具山あたり一帯は、大王(天皇)や皇后の宮が十三もあったと伝えられる大和王権の中心地域でした。

 

伝承地のほとんどは調査されることなく今日に至っていますが脇本遺跡に限っては過去18次にわたる調査が橿原考古学研究所と桜井市教育委員会で行われ5世紀後半、6世紀後半、7世紀後半の大型建物跡などが発見されています。 

 

発掘の成果としては5世紀代のものについては雄略天皇の泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)跡と推定されています。(雄略天皇は万葉集巻1の巻頭歌でも知られる第21代の天皇で当時は大王と呼ばれていました)また6世紀については欽明天皇の行宮である泊瀬柴籬宮(はつせのしばかきのみや)跡 、7世紀のものについては大伯皇女の斎宮跡の可能性が指摘されています。

 

この地は、泊瀬谷の入口にあたり、大和と東国を結ぶ水陸の交通の要所で、近くには王権の武器庫があったと言われる忍阪や軍事氏族の大伴氏の本拠地もあったと言われ、宮の造営には最適の地であったと思われます。

 

脇本遺跡へは近鉄、大和朝倉駅から約500m(徒歩、約10分)で行くことができます。

しかしながら、ほとんどが民有地で発掘調査後後は埋め戻されています。

従って行かれる時は過去の調査報告書等で予備知識をもって泊瀬谷に広がる古代ロマンの世界を味わってください。