🌸19.磐余玉穂宮 伝承地 (桜井市池ノ内)

 一般的に磐余(いわれ)という呼び名はは、現在の桜井市南西部の池之内、橋本、阿部から橿原市の東池尻町をさす古地名です。日本書紀によれば磐余にはこの玉穂宮以外にも神功皇后・ 履中天皇の磐余稚桜宮、清寧天皇の磐余甕栗宮、用明天皇の磐余池辺双槻宮があった5~6世紀の要地です。近年、磐余地域の発掘調査が断続的に行われていますが未だ、いずれの宮跡も特定されていません。

 

 磐余玉穂宮は継体天皇が治世20年目にして、山城国乙訓にあった弟国宮から遷し、ようやく王城の地に宮を築き、その所在地は、現在の奈良県桜井市池之内付近であろうと推定されています。

 

 伝承地は池之内集落の中に鎮座する稚桜神社(わかざくらじんじゃ)から約300mほど西南の位置の小高い丘にあり東側半分は畑地、、西半分はクヌギ林で北側の傾斜地には孟宗竹が生い茂り土地の人々は、この丘を「おやしき」と呼び、この丘が磐余玉穂宮の跡地だという伝承があるようです。(現在その丘は削平され農地になっているようです。そのあたりの場所に「大和さくらい100選 」の小さな看板が建てられています。)継体天皇は晩年の5年間をこの宮で過ごしたといわれています。