🌸 17.桜井南部の大王墓 (桜井市外山・高田)

・外山茶臼山古墳

桜井茶臼山古墳ともよばれる鳥見山の北山麓の小屋根の先端を切断して造られた全長200mの初期ヤマト政権の大王クラスの前方後円墳で1949年と2009年に調査が行われました。

後円部の中央にある竪穴式石室は南北長6.75m、東西幅1.27m、高さ1.7mで内壁は水銀朱で塗布されコーヤマキ製の木棺が安置されています。

2009年の調査では新たに竪穴式石室を取り囲むようにして建てられていた「丸太垣」と命名された柱列(推定約150本)の痕跡や1949年の調査で取り残したと思われる銅鏡の破片が見つかり、81面以上の鏡が副葬されていた事が判明しました。(1949年の発掘では王者の権威たる玉杖の他、銅鏡、玉、剣、玉葉等が出土し橿原考古学研究所附属博物館でその一部を見ることができます。)

 

 埋葬施設は調査後、埋め戻されて見ることはできませんが今も墳丘には自由に出入りできます。通常このクラスの古墳はほとんど陵墓に指定されており入ることができませんが近くにあるメスリ山古墳と共に墳丘内に入れますので、是非この200m級の古墳を実感していただきたいと思います。尚、北200mの城島(しきしま)遺跡では、この古墳の築造に使われたとみられる木製工具類が出土しています。 

・メスリ山古墳

発掘調査は1959年12月~1961年3月にかけ断続的に行われました。 1959年の調査では後円部の墳頂部に造られた方形壇とその周囲を二重に巡る埴輪の方形区画列が調査され、内部に南北方向に竪穴式の埋葬主体部(全長8m、幅1.35m、高さ1.76m)が見つかり粘土床上に木棺が安置されていました。盗掘されていましたが三角縁神獣鏡、内行花文鏡の破片、石釧、鍬形石、車輪石、椅子型石製品、櫛形石製品、合子などの石製品、勾玉、管玉などの玉類が見つかっています。

 

特質すべきこととして、この古墳には副室(全長6m、幅0.7m合掌式の竪穴式石室)があり、未盗掘の状態で発見され一括して重要文化財に指定されています。(その多くは橿原考古学研究所付属博物館で見ることができます。)

発見されたものとしては儀礼用と考えられる鉄製の弓矢や碧玉製の鏃、鉄製のやり先(212本以上)銅鏃(236本)など武器に関するものや大型の勾玉、玉杖、太刀、剣、農工具等総計で680点以上の副葬品が発見されています。

 

 

この古墳は箸墓古墳、西殿塚古墳、外山茶臼山古墳に続く初期大和政権の大王墓で築造年代は出土品等から4世紀初頭と考えられています。この古墳も外山茶臼山古墳同様 200m級で数少ない墳丘に登れる古墳です。是非、登って竪穴式石室の天井石や方形の土壇を自分の目で確認しその大きさを実感ください。